So-net無料ブログ作成
検索選択
ハルモニア活動 ブログトップ
前の10件 | 次の10件

平成23年4月 月例合唱報告 [ハルモニア活動]

春合宿を終え早一ヶ月。
東日本大震災の余波を受けた春合宿であったのですが、無事に終えた次の月例だったので、どんな合唱ができるのかと内心は期待していたのだが、参加者の少ない月例となってしまった。

合唱のいのちはあたま数である。どれだけの人が集まってうたうかということで先ずその成否がかかってくる。
もともと四重唱でカルテットを組み、四人で歌うと決めているような合唱ならば一人の比重は重いものになるがそれはそれで完結する。

しかしながら、一人ひとりはソロに耐えられないような人でも、多く集まることにより立派な合唱になる。これはソロやカルテットなどでは到底味わえないような音楽が出来る。

私はこれこそが合唱の醍醐味であると思っている。

とすれば、人が集まるかどうかが一つの大きなポイントであることがわかる。しかも、強制的に集めるよりは自発的な集合であることが望ましい。自発的に集まり、そして自発的に歌い出す。これがいい。

しかし、これは 「合唱が人を選ぶ」、ということになるのかもしれない。ある種の、気の合った人同士、また同じジャンルをうたう人でなければうたえないということにもなりかねない。

別の言い方をするならば 「合唱は人を育てることが出来るのか?」、という命題に突き当たる。
ちょっとわかりにくい表現になってしまった。
目指す合唱はそのジャンルも含めて、多くの人にとって興味があるわけではない。 しかし、一度でも参加してくれた人が何らかのきっかけで興味を抱くことができたなら、それは一つの進歩だろうと思う。 これが、「人を育てる」
ということの中の一つです。

人を育てることの出来ない合唱をやるのは辛いことだ。

なぜなら、私はハーモニーの合唱は人の心を育てる。このことを信じて、そしてそれにより至高の音楽を目指してこれまで活動してきたのだから。

おもしろおかしく音楽をすることはできる。しかし、これは一時の享楽にすぎない。音楽はもっともっと深いところにその本質がある。それを見出さない限りやってよかったと言えるような音楽には巡り逢えないだろう。

おのれの内に多くの反省点を見出した今回の月例だった。

とはいえ、ハーモニーの出来自体は良かったのだ。
私がより多くを望んだにすぎない。

次回の月例はどうだろう?

楽しみにしている。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

平成23年三月 春合宿 [ハルモニア活動]

三月26・27日と行われた春合宿は昨年同様、充実したものとなった。

嬉しさの一つは、ハーモニーに心を投影できるようになってきたこと。

これは一朝一夕に出来るものではない。

様々な音楽媒体が存在するこんにち、CDにしろネットで展開する音楽にしろ、その数は恐らく天文学的なほどであろう。

クラシックが全盛であった時代は過ぎ去り、多くの視聴者に喜ばれる音楽はその種類も多岐にわたっている。
クラシックを生業とする人々を芸術家というならば、より大衆に支持されている音楽クリエーターはミュージシャンといわれる。
しかしながら、その垣根も次第に低くなってきているように感じられる昨今である。

私たちの活動しているハーモニー合唱は、どうやらそのどちらにも属せない音楽のようである。

感動することも嬉しいことではあるが、それは日々の発展の一コマに過ぎないようだ。
今日の感動した音楽は、そこで消え去り、明日は明日の新しい音楽が展開される。

音楽はそもそも生きた存在であり、うたっているわたしたちの互いの命を感じ合うのである。

そこにはやさしさ・なぐさめ・いたわりがあり、それが明日への祈りと勇気へとつながっていく。

ほんとうにうれしい合宿であった。

良い体験をさせてもらいました。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

平成23年2月 月例合唱報告 [ハルモニア活動]

例年、春合宿直前の月例。風邪を引きやすくまた、杉花粉の飛び始める季節でもある。
しかしながら、今回のハーモニーは前月同様安定したものとなった。

『慣れ』ということもあるだろうがこういった『慣れ』はうれしいものだ。

春合宿を楽しみに待てるような月例であった。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

平成23年1月 月例合唱報告 [ハルモニア活動]

暮れの合唱が盛り上がって終わり、この月、今年初めての月例が開かれました。
人も集まり、歌い始めから良くハモった。団員の皆さんもハーモニーするコツを少しずつ会得してきたように思う。あとはどんどん歌い、慣れて、そのハーモニーをゆるぎないものにするだけです。どんな音楽に成長していくか。これからが楽しみです。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

平成22年12月 月例合唱報告 [ハルモニア活動]

今年最後の月例は暦の関係で26日となり、巷では忘年会も仕舞い、あとは正月を待つばかりの時期でした。しかしそうは言っても歌い納めの合唱にはいつものメンバーが揃い、年越しにふさわしい歌声となりました。
 この年は実にみのりの多いものとなりました。我を忘れてうたい、また時の経つのを忘れ、それはこの合唱団にとってハーモニーの新たな一頁を開いたような、そんな一年でした。
 来年、すなわち平成23年は次のステップに向かっていきましょう。何よりもハーモニーが単なるハーモニーで終わらずに、人生凡ゆる局面でハーモニーの栄光に照らされますよう。
よいお年をお迎え下さい。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

11月 月例合唱報告 [ハルモニア活動]

 鮮やかな黄葉・紅葉を纏った木々に彩られた国立の大学通りを車で一直線に通り抜けて今日も月例合唱に向かった。
 参加者が少なかったのが少しばかり残念だったのですが、逆にそんな中で思い描いていた本当の音楽が透けて見えたのが遙かに大きな収穫でした。勿論ハモりました。
 ここで参加した皆さんに伝えたことは、多くの合唱団の向かう先と私たちHARUMONIAの目的とするところは真逆であること、謂わば此岸と彼岸の差があるということです。人間が生きて存在していることそのものが否定できないように、音楽は私たちの存在そのままに存在しているのだということ。ちょっと難しいかも知れませんが『人間そのものが音楽であるということが言えるのだ』ということです。それが証明できたような合唱練習であったことがほんとうに嬉しかったのです。
 その本質を団員皆さんが理解すればいつでもハーモニーをつくることが出来るでしょうし、そのことが合唱している時以外、人生の凡ゆる場面で生きてくることになるはずです。
 そしてそれは若い頃からの長い間の念願であった私の想いが実現することにもなります。今年はあと一回、年末四週目にありますが、本当に実りある一年であったと思います。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

2010年10月月例合唱 [ハルモニア活動]

10月24日、曇り空で肌寒くはあったけれど、合唱の出来は良かったですね。初めから良くハモっていました。
 歌い込んでいる曲は出来がとてもいいですね。しかし、不安のある歌については矢張り自信のなさからくるのでしょうか、聴くことが十分には出来ていませんね。私たちの合唱の弱点は、月一回の練習しか出来ないため、十分な反復練習が出来ていません。これについては、月例から次の月例までのあいだに、ハーモニーの合唱を聴き、自分のパートについては、自信を持ってうたえるようにするほかありません。

 また、発声については、月例の中では余り時間をとることができません。ヒントを与えるくらいしか出来ないのが現実です。腹式呼吸は自分一人で出来ます。どうか、各自が真剣にマスターするように心がけてください。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

易しいようで難しい [ハルモニア活動]

例年、春と夏に短い合宿を行っている。
気分転換のためです。
普段は町中で練習活動をしているため、狭い練習場の中だけのハーモニーです。ピアノがあったり、施設としての設備は整っているのですが逆に自然から遮断されているために本当の意味でのリラックスが出来ないようです。
夏は河口湖湖畔近くの民宿で行います。開放的で、様々な鳥の鳴き声や湖畔ならではの音が聞こえてきます。これも合唱のハーモニーを求める私たちにとって、自然とのコラボレーションとなります。
今年の夏合宿は本当に良くハモッた。
つくづくハーモニーづくりの難しさを感じたものです。
技術だけで済ませるハーモニーは本当のハーモニーではありません。
自然と人との一体感をもったハーモニーは素晴らしいものです。
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

讃美歌310番 [ハルモニア活動]

キリスト教系で歌われている中に讃美歌と聖歌がある。
それぞれはお互いに似ているようでいて似てはいない。
讃美歌はその殆どが混声四部のコーラスになっている。
それに対して聖歌はメロディーの歌が多い。

わたしはハーモニーになっている讃美歌が矢張り好きだ。
その中でも310番は単純でしかも深い美しさを秘めている。

しずけきいのりの ときはいとたのし
なやみあるよより われをよびいだし
ちちのおおまえに すべてのもとめを
たずさえいたりて つぶさにつげしむ

人智で解決できない事柄は今の世の中に至っても数限りなくある。
心を澄み渡った青空の如くにして神である父の言葉に耳を傾けるのだ。
されば、その答は自ずと浮かんでくるであろう。

心を我見のない澄み切った状態に置くことが大切だ。
そのときハーモニーは己の心の中にきっと響き渡るに違いない。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

10月月例合唱を終えて [ハルモニア活動]

九月中は暑いと思っていたが、矢張り十月ともなると暑くはなく、涼しく又少々肌寒い日もちらほらと出てくる。

 一年の内で最も実りの多い季節となる。春に芽吹き、初夏すくすくと伸びる季節を過ごし、暑い夏を乗り切る。そして今日この季節となる。

 日本の植物の多くはこのような周期(サイクル)をもって時を過ごしているのだが、人間はどうもそのようには中々行かない。人夫々ペースがある。早く芽が出て伸びる人がいるかと思えば一体いつになったら伸びるのやら、と思うような人もいる。

 わたしなんぞはまあ、後者の類であろう。

 今日も合唱しながら感じたことは、人は『心の置き所』が大切だということである。心はかたちのないものであるから、当然のことながら置くような場所もない。従ってそもそも置き所など、あるわけがない。

 将にその通りなのである。では、何故、『置き所』などと言うのか?‥‥‥‥。思うに、こころを空っぽにすることである。無色透明の透明人間。そうした時にこそ本当のハーモニーが出てくる。

 人は元々人なのではなく、人が己の本当の姿を知ったときに人になるのである、と、わたしは思う。この合唱は人が己の姿を知るための場を提供しているのである。敢えて厳しいことは云わないが、本当は云うべきなのかも知れない。

 この合唱団はわたし自身のための道場と思い、続けていこう。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感
前の10件 | 次の10件 ハルモニア活動 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。